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福岡地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決

原告 武田敬三

被告 福岡国税局長

主文

被告が原告の昭和二十七年度分所得税に関しなした、原告の同年度の所得額を五四六、五〇〇円とする審査決定のうち、三九五、八八六円を超える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その四を原告の、その六を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告の昭和二十七年度分所得税に関しなした、原告の同年度の所得額を五四六、五〇〇円とする審査決定のうち、二八二、六〇〇円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は肩書住所において昭和二十六年十二月より履物小売商を営んでいるものであるが、博多税務署長に対し昭和二十七年度の右営業所得額を二八二、六〇〇円と確定申告したところ、同署長は昭和二十八年五月六日附でこれを六五三、〇〇〇円と更正して原告に通知して来た。これに対し原告は再調査の請求をしたのであるが同年七月二十五日附で右請求は棄却する旨の決定通知を受けたので、更に被告に対し審査の請求をしたところ、被告は昭和二十九年二月八日附を以て右所得額を五四六、五〇〇円と訂正する審査決定をなし、即日その旨原告に通知して来た。

二、しかしながら原告の当該年度の所得は当初申告の如く二八二、六〇〇円が正当であつて、被告の右決定のうちこれを超える部分は違法であるから、これが取消を求めるため本訴に及ぶ、

と述べ、被告の主張に対し

原告の右主張金額算出の基礎が被告提出の対照表原告主張額欄記載の通りであることは認めるが、被告主張の如く仕入原価に対する荒利益率が五割であること、及び売上額に対する荒利益率が三割であることは否認する。被告は原告が博多税務署員に対し「仕入原価に五割の荒利益を乗じた額を加算したものが売価である」旨を自陳したと主張するが、右は事実と相違し、原告は「商品に定価を附する際最高は五割から最低は二割位の荒利益を附加するのが通例である」と述べたのにすぎない。又、被告は右調査の際原告方の売上日計表の記帳が不正確であることを現認したというが、かゝる事実は全くない。

およそ履物商売において仕入原価に対する荒利益の率は平均三割以下であるのが常識である。しかも商品は定価通り売れるものとは限らず、ある程度の値引販売は避け難い実状であるから、これも考慮に入れると右の率は二割五分或はそれ以下となるのが普通である。而して試みに本件においてこの率を差引原価一、九七〇、七一六円に適用して売上金額を算出すれば二、四六三、三三九円となり、原告主張の売上金額二、四九五、三三九円に大略合致しその正しいことが実証される。尚原告主張の所得額二八二、六〇〇円は原告の前に市内中小路において履物商をしていて昭和二十六年八月に閉店した原告父武田賢造の昭和二十六年度の推定所得額が約二十万円であること、及び原告の昭和二十八年度の青色申告による確定所得額が二八三、九〇〇円であることと対比するもその妥当であることが知られる、と答えた。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

原告主張事実のうち、一の事実及び原告父賢造が市内中小路において元履物商を営んでいたが、昭和二十六年八月閉店した事実は認めるが、原告の係争年度の所得額が二八二、六〇〇円であるとの点は否認する。被告の調査したところによれば別紙原、被告の主張対照表被告の主張欄記載の通り、右所得額は少くとも五五〇、七二八円(課税総所得金額は四二一、七二八円、この税額一三三、〇〇〇円)となつている。而してこの様な差異を生じたのは同表によつて明かな通り、収入計算のうち期首棚卸資産、期末棚卸資産、及び仕入金額、経費の各種目金額については被告はすべて原告の申告通り認めてをり、たゞ売上金額従つて売買差益(荒利益)において著しい喰違いがあるためであるから、これに対する被告の算定方法を次に述べる。

即ち、原告の係争年度における所得については博多税務署員においてその実額調査を行つたものであるが、その際原告は仕入原価に五割の荒利益率を乗じた金額を加算したものが売価であること、及び備附帳簿(現金出納帳、仕入帳、売上帳、経費明細表)の記載が正確である旨を申立てた。そこで同署員において棚卸表により各品目中数点の現品を抽出し、その仕入原価と売価とを対比して計算したところ、荒利益率は何れも原告の右自陳と一致したが、売上帳については当日の現金現在高及び売上日計表、現金出納帳等について調査した結果、売上日計表の記帳の脱漏が相当あるのを現認した、従つて右日計表に基く売上帳の記帳は正確でなく事実に相違することが推認された、そこで右調査の結果、仕入原価に対する荒利益率を五割と認め、これを売上額に対する荒利益率に換算すれば三割三分強となるところ、値引販売がある旨の原告の主張を一応考慮し三割を以て売上額に対する荒利益率としたのである。そこで右荒利益率を適用して仕入原価(その数額は原告主張通り)から逆算して売上金額従つて又売買差益を算出し、これより必要経費を控除すれば所得額は前記の通り五五〇、七二八円となるのであつて、これは他の類似同業者の所得額と対比しても相当額である。

よつてその金額の範囲内で総所得額を五四六、五〇〇円と認定した本件審査決定は、実額を下廻るものであつて何等違法ではないから原告の本訴請求は失当として棄却さるべきである。

以上の如く述べた。

(立証省略)

理由

原告主張の一の事実は当事者間に争がない。原告の係争年度の所得額につき、被告はこれを五五〇、七二八円であると主張し、原告は二八二、六〇〇円にすぎないとして争うのであるが、右主張の差異は別紙原、被告の主張対照表によつて明かな如く、主として売上金額の喰い違い(従つて売買差益額、更には荒利益率の喰違い)から生じているので、原告の同年度における売上金額を先づ確定し、売買差益即ち収入額より必要経費を差引く方法で原告の所得額を算出することとする。

本件において原告は売上金額認定の資料となるべき売上日計表、現金出納帳等の商業帳簿の存在することを主張せず、その提出もしないので、右売上金額の如何は合理的推計によりこれを算出するほかはないが、被告主張の販売原価(差引原価)に荒利益率を乗じて売上金額、従つて又売買差益額を算出する方法について検討するのに、原告の同年度における商品の荒利益率について被告はこれを仕入原価に対し五割であると主張し、証人笹白の証言のうち原告が右笹白の実額調査の際同人に対し、仕入原価に対する荒利益率が一率に五割である旨を自陳したとの部分があり右と符合するけれども右は次に認定する如き諸事実に照し、にわかにこれを措信し得ない。

即ち、証人大峯弥七、同中原鹿吉、同樋口国男の各証言及び原告本人の供述(一部)によれば、

(1)  福岡市天神町、西鉄商店街の右大峯弥七の履物店では、昭和二十八年度における商品荒利益率は売価五〇〇円以上の品物を上、二〇〇円から五〇〇円までを中、二〇〇円以下を下とわけ上に対しては売価の四割三分、中は四割、下は一割九分の割合であつて、量にして上は全体の六割八分、中は二割五分、下は七分を取扱つたから平均荒利益率は売価に対し約四割(仕入原価に対する率にすれば六割六分強となる)であつたが、同店は西鉄急行電車福岡駅の間近にあり市内有数の有利な位置、条件にあること、而して同店の昭和二十七年度の荒利益率、商品取扱割合も大体右と同様であつたこと、

(2)  同市花園本町の右中原鹿吉の履物店では、昭和二十八年度における商品荒利益率は右大峯店と同様に商品を上、中、下の段階にわけ上に対しては売価の三割八分、中は三割、下は二割という割合であり、取扱量は上が三割、中が五割、下が二割であつたから平均荒利益率は売価に対し三割四厘となるところ、値引が二分三厘程あつたので結局売価に対し二割八分一厘が平均荒利益率となつた。(仕入原価に対する率にすれば三割九分となる)而して昭和二十七年度においても大体右同様の状態であつたこと、及び同店は同市南部地区の中心に位置するが市内一流の場所よりはやゝ落ち、原告店舖のある綱場町よりは多少活気があること、

(3)  八幡市黒崎の右樋口国男の履物店では、昭和二十八年度における商品荒利益率は商品を仕入値一〇〇円までを下、一〇〇円から三〇〇円までを中、それ以上を上とわけ、下に対しては仕入値の三割、中は四割、上は四割乃至五割の率であつて、取扱量は上が二割乃至三割、中は三割乃至四割、上は四割程度であつた。而して昭和二十七年度においても右と同様な状態であつたこと。

(4)  而して原告方店舖では昭和二十七年度において取扱つた商品の内訳は、右同様に上、中、下の三段階にわかれ、上は下駄の三〇〇円以上、草履の一、〇〇〇円以上のもの、中は下駄一二〇円以上、草履五〇〇円以上のもの、下はそれ以下という仕分けであつて、上は全体の五割、中、下は何れも二割五分の割合であつたこと。

以上の如き事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、かような同業各店の営業状況と対比すれば、大体右(2)の中原店と同程度の条件にあると思はれる原告方店舖において、全商品に対し一率に仕入値の五割という荒利益率を適用して販売するということはすこぶる疑問としなければならない。

更に、成立に争のない甲第六号証、第八号証の一乃至四によれば係争年度の翌年である昭和二十八年度の原告の所得額は二八三、九〇〇円と確定され原告はこれに対する税額を完納したことが認められこの金額は原告主張の昭和二十七年度所得額と大略合致するのに対し、被告主張のそれとは優に二倍もの開きがあるのであるから、前掲の如く各店の営業状態に変化のない両年度においてかような開きを生ずることはこれ又異例であつて、被告主張の荒利益率はこれを維持するに困難があることを窺はしめる。

而して他に被告主張の如き荒利益率の存在を認めしむるに足る証拠はないから、仕入原価に対し一率に五割という荒利率は到底これを採ることができない。しかし、右認定の事実からすれば原告方店舗は店舖の位置、取扱商品の内容等において右(2)の中原店とほゞ同等の条件にあつたと認むべきであり、これに加えて原告方が係争年度は開店後日が浅く、ある程度不利な条件におかれていたことを考慮して、右中原店における昭和二十七年度の平均荒利益率と考えられる仕入原価に対し三割九分という率から一割を減じたもの、即ち仕入原価に対し三割五分を以て原告の同年度における商品の荒利益率であると認めるのが相当である。

(原告は右荒利益率は仕入原価に対し二割五分位であると主張し、原告本人の供述のうちこれに添う如き部分があるけれども何等裏づけとなる証拠がないから右主張は採用できない。)

そこで右認定の荒利益率を当事者間に争のない販売原価(差引原価)一九七〇、七一六円に乗ずれば六八九、七五〇円が得られ、これが原告の係争年度の売買差益即収入金額であるということになり、売上金額は右を合計して一、六六〇、四六六円ということになる。

而して前記対照表によれば、原告の同年度の収入金額は右の売買差益のみであり、これより必要経費を差引けば問題の所得額が算出されるところ、必要経費の各項目、金額については被告の追加自認する減価償却費を除き当事者間に争がなく、右減価償却費についても原告はこれを明かに争はないものと認められるから、結局必要経費については全部被告主張の通りの金額を右収入金額より差引けばよいことになる。これを計算すれば三九五、八八六円となるから、該金額を以て原告の昭和二十七年度における所得額であると認定する。

しからば被告が原告の右年度分所得額につき、これを五四六、五〇〇円と訂正した審査決定は、右三九五、八八六円を超える部分については違法であるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は被告の右決定のうち、所得額三九五、八八六円を超える部分の取消を求める範囲において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 丹生義孝 藤野英一 和田保)

(別紙省略)

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